幸
2012.02.27 *Mon
私の友達、親友って、自分が物凄いピンチであっても、
私にはいつも笑顔いっぱいで、元気をたくさん与えてくれて、
静かにそっと背中を押してくれる。
私にとって世界中で最高で最強の親友。
そんな親友がいてくれて、私は本当本当に幸せだし、
あなたと言う人を誇りに思っています。
そして、そんな親友に巡り合えたことを本当に本当に神様に感謝。
あなたが生きている限り、私はあなたに負けないように
前を見て生きていかなきゃって・・・
あなたの人としての強さに大きく支えられています。
だから、私もあなたに時々は元気を与えられる存在でいさせて下さいね。
さて、今日は友達と二人でささやかなお雛祭り女子会をしました。
今日食べたあまおうのイチゴのケーキはめちゃおいしかったな・・・。
写メ撮っておけばよかった・・・。><
楽しい時間をありがとうね。^^
こういう時間をこれからもずっとあなたと沢山過ごせますように・・・。
私にはいつも笑顔いっぱいで、元気をたくさん与えてくれて、
静かにそっと背中を押してくれる。
私にとって世界中で最高で最強の親友。
そんな親友がいてくれて、私は本当本当に幸せだし、
あなたと言う人を誇りに思っています。
そして、そんな親友に巡り合えたことを本当に本当に神様に感謝。
あなたが生きている限り、私はあなたに負けないように
前を見て生きていかなきゃって・・・
あなたの人としての強さに大きく支えられています。
だから、私もあなたに時々は元気を与えられる存在でいさせて下さいね。
さて、今日は友達と二人でささやかなお雛祭り女子会をしました。
今日食べたあまおうのイチゴのケーキはめちゃおいしかったな・・・。
写メ撮っておけばよかった・・・。><
楽しい時間をありがとうね。^^
こういう時間をこれからもずっとあなたと沢山過ごせますように・・・。
| 日々のこと |
つらい・・・けど
2012.02.08 *Wed
仕事がなかなか決まらなくて、先の不安を抱えながら毎日を送ると
色々なことを考えてしまいます。
毎朝起きて会社に行き、会社に不平不満を感じながらたまに友達に愚痴を言って、
だけど、時々友達と飲みにいって楽しい時間を過ごしたり・・・
そんな平凡な暮らしがどれほど、いいものかとか・・・最近つくづく思います。
何もかもがうまくいかなくて、八方塞がりだとへんなことばかり考えてしまいます。
なんで?私は生まれてきたのかとか・・・
なんで?人生は平等ではないのかとか・・・
ただひとつ救われるのは、私が母と父の子供として
生まれてきてよかったと思うことくらいです。
こんな私でも、きちんと受け入れて育ててくれた父と母には
本当に頭が上がりません。
感謝ですね。
私は今まで生きてきた中で、色々な反省がいたるところにあります。
なんで?あの時?とか・・・もっときちんと向きあっていればとか・・・
自分のいい加減さにほとほとあきれてしまいます。
自分が情けなくて、涙が出てしまうほどです。
そして、そんな後悔をいくつも抱えていると、心はどんどん小さく萎えてきます。
こういうときは、無理やり元気にならなくてもいいと思うのだけど・・・
今回はちょっと心が下がりすぎです。
まずいなぁ・・・
私の気持ちも知らずに、子供たちは元気に飛び回っています。
私に気遣うこともなく、毎日楽しく過ごしている・・・そんな子供たちが
私は大好きなのですけどね。^^
まぁ、こういう時間は私にとって必要なのだと思うようにしています。
ムダではないんだと・・・。
忙しいわけでもないのに何だかひどく、疲れてます・・・。
ずいぶん前だけど、大好きだった写真家の先生に
こんなことを言われたことがあります。
私の事情を相談した時のことでしした。
「あなたのことをきちんと理解してくれる人は必ずいるから・・・。
そして女性は顔に必ず出るから、苦労なんかしないほうがいい・・・
写真を撮るとすぐにわかる。」
そう言われた時、涙が出てきました・・・。
先生は私にそう言って、3か月後天国に旅立ちました。
喘息の発作でした。
今でも先生のその言葉と、優しい笑顔に救われています。
先生、ありがとう・・・・。^^
がんばろうなんて思わずに・・・
ただただ、迷いながらも歩いていくしか今はないかな・・・。
色々なことを考えてしまいます。
毎朝起きて会社に行き、会社に不平不満を感じながらたまに友達に愚痴を言って、
だけど、時々友達と飲みにいって楽しい時間を過ごしたり・・・
そんな平凡な暮らしがどれほど、いいものかとか・・・最近つくづく思います。
何もかもがうまくいかなくて、八方塞がりだとへんなことばかり考えてしまいます。
なんで?私は生まれてきたのかとか・・・
なんで?人生は平等ではないのかとか・・・
ただひとつ救われるのは、私が母と父の子供として
生まれてきてよかったと思うことくらいです。
こんな私でも、きちんと受け入れて育ててくれた父と母には
本当に頭が上がりません。
感謝ですね。
私は今まで生きてきた中で、色々な反省がいたるところにあります。
なんで?あの時?とか・・・もっときちんと向きあっていればとか・・・
自分のいい加減さにほとほとあきれてしまいます。
自分が情けなくて、涙が出てしまうほどです。
そして、そんな後悔をいくつも抱えていると、心はどんどん小さく萎えてきます。
こういうときは、無理やり元気にならなくてもいいと思うのだけど・・・
今回はちょっと心が下がりすぎです。
まずいなぁ・・・
私の気持ちも知らずに、子供たちは元気に飛び回っています。
私に気遣うこともなく、毎日楽しく過ごしている・・・そんな子供たちが
私は大好きなのですけどね。^^
まぁ、こういう時間は私にとって必要なのだと思うようにしています。
ムダではないんだと・・・。
忙しいわけでもないのに何だかひどく、疲れてます・・・。
ずいぶん前だけど、大好きだった写真家の先生に
こんなことを言われたことがあります。
私の事情を相談した時のことでしした。
「あなたのことをきちんと理解してくれる人は必ずいるから・・・。
そして女性は顔に必ず出るから、苦労なんかしないほうがいい・・・
写真を撮るとすぐにわかる。」
そう言われた時、涙が出てきました・・・。
先生は私にそう言って、3か月後天国に旅立ちました。
喘息の発作でした。
今でも先生のその言葉と、優しい笑顔に救われています。
先生、ありがとう・・・・。^^
がんばろうなんて思わずに・・・
ただただ、迷いながらも歩いていくしか今はないかな・・・。
支え愛
2012.01.17 *Tue
実は・・・昨年から、今年にかけて・・・我が家でも一大事が起こっていました。
30日に兄が外で倒れて、救急車で運ばれました。
元々持病があるので、色々な薬を服用していることもあり、
その薬の副作用のせいでもあるようですが、
病院から「命にかかわる病気なので、施術してもよですか?」と、
電話が来たときは本当にびっくりました。><
買いものに行っていた母に連絡をとって、二人で早々病院にいってみると・・・
処置中で会えず、しばらくしてから担当されたお医者さんから説明を受けました。
兄はどうやら「くるしい」と言って、乗っていた自転車から降りて
その場で倒れたようでした。
病気は肺塞栓症?エコノミークラス症候群と言われるものでした。
以前サッカーの選手がなって話題になった病気で、足にあった血の塊が肺に飛んで、
肺の血流を止めてしまう病気でした。
その時は、かなり状況が悪く・・・先生からは「重症」である旨を説明され、
万が一も十分ありえると言われました。
ただ、血圧があることが幸いしているとのことで、もう少し遅れていたら
もっと大変なこと(人工心肺等)になっていたと、言われました。
先生の説明の後、本人に会ったら。。。案の定まだ苦しそうでしたが、
幸い意識ははっきりしていました。
母と私はいつまでもICUにいることもできないので、
その後私は兄のアパートに寄ってから家に帰宅しました。
その日の夜は、心配でさすがに眠れませんでした・・・。><
たった一人の兄弟ですから、もしものことがあったら・・・私は一人になるのかな?
なんて・・・そんな不安な気持ちとか、怖い気持ちとかを抱えていました。
どんな兄でも、私にとって兄は兄ですから・・・やっぱり生きていてほしいと思いました。
そして、次の日・・・お見舞いに行ったら・・・
「えーーーーー?」案外元気かも?と言う感じでした。w
朝ごはんも少し食べたようで、
マスクも外れて呼吸器は鼻に管を通してあるだけになっていました。
そのうち、「ストローがほしい。お茶がほしい・・・」って、
わがまま言い放題になっていました。
次の日(元旦)には、朝お雑煮を食べたらしいです。
お昼ごはんもちょっとおせち料理風・・・だけど、まずそうでしたw
そのうち、新聞や雑誌がほしいと言いだし、コップの量が入らないから
もっと大きなコップがほしいとか・・・まぁ、わがままわがままww
そんな感じで日々元気になっていったので、安心しました。
そして、ようやく先週日曜日に退院しました。^^
今回ばかりは、本人もショックだったのでしょう・・・
年越しをICUで過ごし、元旦のお雑煮もICUだったのですから・・・当然ですね。
たばこをやめる決意をしたようです。w
退院した後、兄のアパートの近くの中華料理屋で母と二人ごちそうしてもらいました。
私は家族で食事に行った思い出がひとつしかありません。
父は家族で外食に行く人ではなく、家ご飯が好きな人だったからです。
なので、お昼もいつも母の作るお弁当を持って行っていました。
家族で外食したことと言えば・・・まだ私が小学生のころ父が当時勤めていた会社の社長が入院して、
一緒にお見舞いに連れていかされその帰りに父にお寿司をごちそうになった、それ一回だけです。
兄は高校になってからは、部活や友達との付き合いで家族と出かけることは一切ありませんでした。
だから、家族で食事とか・・・家族で旅行とか・・・そういうご家族を
いつもとってもとっても、羨ましく思っていました。
一緒に食事に行ったり、旅行に行ける家族がいることって・・・
当たり前のことのようですが、そういう当たり前のことが父が生きている頃できなかった私には、
夢のような幸せな家族だと思ってしまいます。
そういう家族との大切な時間が持てる幸せを、
ずっと・・・そして、いつも・・・忘れないで下さいねっ。^^
こんな家族でしたので、兄とも一緒に外食したことが大人になってからは一度もなかったので、
今回家族で外食の時間をもてたことを、私はとっても嬉しかったのです。^^
もちろん母も、こんなふうに家族で食事ができる日が来たことをとても喜んでいました。
病気になってわかること、失ってわかることって・・・たくさんあるんですよね。
そう言うことを忘れないで、日々を生きていきたいなっ・・・って思います。
兄が倒れた時、すぐに救急車を呼んでくれた人。
そして、救急車の方々。
すぐに病気を見つけてくれで処置してくれた病院の先生。
兄の命はたくさんの人たちの支えによって助かりました。
本当に本当に、感謝です・・・。
兄に「中国だったら死んでたかもねw」などと、ジョーダンを言ってましが、
改めて、人は一人で生きているわけではないのだと思い知らせれました。
兄もきっと今まで以上に自分のことを大切にしてくれそうなので、
とりあえず、よかったな・・・と思っています。
人は支え愛で生きているんですよね。
兄が病気して、そして・・・昨年の大震災でたくさんの命が消えて・・・
こんな今だからこそ、余計・・・この「支え愛」を大切にしていきたい想いです。
私が倒れそうになったら、誰か私を支えて下さいね(笑)
30日に兄が外で倒れて、救急車で運ばれました。
元々持病があるので、色々な薬を服用していることもあり、
その薬の副作用のせいでもあるようですが、
病院から「命にかかわる病気なので、施術してもよですか?」と、
電話が来たときは本当にびっくりました。><
買いものに行っていた母に連絡をとって、二人で早々病院にいってみると・・・
処置中で会えず、しばらくしてから担当されたお医者さんから説明を受けました。
兄はどうやら「くるしい」と言って、乗っていた自転車から降りて
その場で倒れたようでした。
病気は肺塞栓症?エコノミークラス症候群と言われるものでした。
以前サッカーの選手がなって話題になった病気で、足にあった血の塊が肺に飛んで、
肺の血流を止めてしまう病気でした。
その時は、かなり状況が悪く・・・先生からは「重症」である旨を説明され、
万が一も十分ありえると言われました。
ただ、血圧があることが幸いしているとのことで、もう少し遅れていたら
もっと大変なこと(人工心肺等)になっていたと、言われました。
先生の説明の後、本人に会ったら。。。案の定まだ苦しそうでしたが、
幸い意識ははっきりしていました。
母と私はいつまでもICUにいることもできないので、
その後私は兄のアパートに寄ってから家に帰宅しました。
その日の夜は、心配でさすがに眠れませんでした・・・。><
たった一人の兄弟ですから、もしものことがあったら・・・私は一人になるのかな?
なんて・・・そんな不安な気持ちとか、怖い気持ちとかを抱えていました。
どんな兄でも、私にとって兄は兄ですから・・・やっぱり生きていてほしいと思いました。
そして、次の日・・・お見舞いに行ったら・・・
「えーーーーー?」案外元気かも?と言う感じでした。w
朝ごはんも少し食べたようで、
マスクも外れて呼吸器は鼻に管を通してあるだけになっていました。
そのうち、「ストローがほしい。お茶がほしい・・・」って、
わがまま言い放題になっていました。
次の日(元旦)には、朝お雑煮を食べたらしいです。
お昼ごはんもちょっとおせち料理風・・・だけど、まずそうでしたw
そのうち、新聞や雑誌がほしいと言いだし、コップの量が入らないから
もっと大きなコップがほしいとか・・・まぁ、わがままわがままww
そんな感じで日々元気になっていったので、安心しました。
そして、ようやく先週日曜日に退院しました。^^
今回ばかりは、本人もショックだったのでしょう・・・
年越しをICUで過ごし、元旦のお雑煮もICUだったのですから・・・当然ですね。
たばこをやめる決意をしたようです。w
退院した後、兄のアパートの近くの中華料理屋で母と二人ごちそうしてもらいました。
私は家族で食事に行った思い出がひとつしかありません。
父は家族で外食に行く人ではなく、家ご飯が好きな人だったからです。
なので、お昼もいつも母の作るお弁当を持って行っていました。
家族で外食したことと言えば・・・まだ私が小学生のころ父が当時勤めていた会社の社長が入院して、
一緒にお見舞いに連れていかされその帰りに父にお寿司をごちそうになった、それ一回だけです。
兄は高校になってからは、部活や友達との付き合いで家族と出かけることは一切ありませんでした。
だから、家族で食事とか・・・家族で旅行とか・・・そういうご家族を
いつもとってもとっても、羨ましく思っていました。
一緒に食事に行ったり、旅行に行ける家族がいることって・・・
当たり前のことのようですが、そういう当たり前のことが父が生きている頃できなかった私には、
夢のような幸せな家族だと思ってしまいます。
そういう家族との大切な時間が持てる幸せを、
ずっと・・・そして、いつも・・・忘れないで下さいねっ。^^
こんな家族でしたので、兄とも一緒に外食したことが大人になってからは一度もなかったので、
今回家族で外食の時間をもてたことを、私はとっても嬉しかったのです。^^
もちろん母も、こんなふうに家族で食事ができる日が来たことをとても喜んでいました。
病気になってわかること、失ってわかることって・・・たくさんあるんですよね。
そう言うことを忘れないで、日々を生きていきたいなっ・・・って思います。
兄が倒れた時、すぐに救急車を呼んでくれた人。
そして、救急車の方々。
すぐに病気を見つけてくれで処置してくれた病院の先生。
兄の命はたくさんの人たちの支えによって助かりました。
本当に本当に、感謝です・・・。
兄に「中国だったら死んでたかもねw」などと、ジョーダンを言ってましが、
改めて、人は一人で生きているわけではないのだと思い知らせれました。
兄もきっと今まで以上に自分のことを大切にしてくれそうなので、
とりあえず、よかったな・・・と思っています。
人は支え愛で生きているんですよね。
兄が病気して、そして・・・昨年の大震災でたくさんの命が消えて・・・
こんな今だからこそ、余計・・・この「支え愛」を大切にしていきたい想いです。
私が倒れそうになったら、誰か私を支えて下さいね(笑)
ビタミン剤!
2012.01.09 *Mon
今日は成人式でしたね。
最近の成人式の装いを見て、少々びっくりしています。
私たちの頃とは時代が違いますね。(-_-;)
今回色々なことがあって、かなりへこんでいる私に
周りの人たちはたくさんの元気を下さいました。
メールをくれたり、食事をごちそうしてくれたり、笑わせてくれたり・・・。
たくさんの心のビタミン剤を注入?してもらったように思います。
本当に、ありがとう!^^
まだ当分落ち着かない状況ですが、私はとりあえず元気で〜〜〜す^^
それにしても、結構ブログ見てる人多いのねwww
最近の成人式の装いを見て、少々びっくりしています。
私たちの頃とは時代が違いますね。(-_-;)
今回色々なことがあって、かなりへこんでいる私に
周りの人たちはたくさんの元気を下さいました。
メールをくれたり、食事をごちそうしてくれたり、笑わせてくれたり・・・。
たくさんの心のビタミン剤を注入?してもらったように思います。
本当に、ありがとう!^^
まだ当分落ち着かない状況ですが、私はとりあえず元気で〜〜〜す^^
それにしても、結構ブログ見てる人多いのねwww
あけましておめでとうございます^^
2012.01.03 *Tue
更新しないブログをちょこちょこ覗いてくださっている方、
いつも気にかけて頂いてありがとうございます。
今年もあまり更新できないかもしれませんが(汗)、どうぞよろしくお願いいたします。^^
師走に大きな出来事が起こり・・・結局大掃除も終わらず、お節料理も作れるず。。。という
状況になってしまいました。
やっと、少し安心できる状況になって・・・ほっとできたかな?と言う感じです。
こういうことは、慣れているハズでしたが・・・
私自身とても、心細くなって・・・ちょっと参ってしまいました。><
年始はもっと元気いっぱいに始まりたかったですが、
突然の出来事に、かなり疲れてしました。
ただ救われるのは・・・海と恋が元気いっぱいなことです。
きっと、これからはよくなる一方だと・・・思っています。
今年もこんな弱っちいハナですが・・・どうぞよろしくお願い致します。
みなさんが、健康で幸せな一年になりますよう・・・心から祈っています。^^
いつも気にかけて頂いてありがとうございます。
今年もあまり更新できないかもしれませんが(汗)、どうぞよろしくお願いいたします。^^
師走に大きな出来事が起こり・・・結局大掃除も終わらず、お節料理も作れるず。。。という
状況になってしまいました。
やっと、少し安心できる状況になって・・・ほっとできたかな?と言う感じです。
こういうことは、慣れているハズでしたが・・・
私自身とても、心細くなって・・・ちょっと参ってしまいました。><
年始はもっと元気いっぱいに始まりたかったですが、
突然の出来事に、かなり疲れてしました。
ただ救われるのは・・・海と恋が元気いっぱいなことです。
きっと、これからはよくなる一方だと・・・思っています。
今年もこんな弱っちいハナですが・・・どうぞよろしくお願い致します。
みなさんが、健康で幸せな一年になりますよう・・・心から祈っています。^^
| 日々のこと |


2002年12月21日、雪の降った寒い日に我が家にお迎え。まだ、羽も生えていない雛鳥だった空ちゃんは、ハナんちで約5年間を過ごす。喘息持ち。ヘルニアの手術経験有り。何度も卵秘で入院する。数々の病気を克服してきた頑張り屋さん。おてんばで、ワガママ娘だったけど、ママにはいつも優しかった。我が家のアイドル。2007年12月27日お星様になりました。ハナが一番愛した子。
2008年12月27日、空の一周忌に我が家にお迎え。空ちゃんをしのぐおてんば娘に成長。趣味、ねーちゃんにマッサージさせること。甘えん坊のくせに、噛み癖があり、自分も噛むので家族もぶーちゃんもしょっちゅう流血。とにかく、唇が大好き。だけど、みんなぶーのことが大好きで仕方ない。小顔で目が大きくて可愛いくて天使のような姿だけど、本当は悪魔かも・・・。(汗)
2010年7月9日、家出。すずめの学校に夏季合宿にいくも・・・そのまま帰宅せず。今も帰ってくると信じ、ハナは待っています。早く帰ってきて・・・。
2010年10月7日、我が家にお迎え。初めて会った時は、アピールの少ない子で・・・どちらかと言うと、恋と仲良く見えたのでお迎えしました。最初の頃、具合が悪く・・・PBFDの疑いも出て、ハナは眠れない日々を過ごす。検査の結果、陰性とわかりほっとするのもつかの間・・・実は最強のやんちゃボーイ&女好きだとわかる。残念ながら、我が家の女性陣には見向きもされず・・・今はぺんぺんちゃんを恋人にする心がハンサムな男の子。
2010年10月7日、海ちゃんと一緒にお迎え。ペットショップでのアピールがハナの目をくぎ付けにしてお迎え決定!体がとっても小さいな子だったので、病院でびっくりされる。(今でも体は小さいけど・・態度は大きい・・・w)お迎え後、ご飯を食べなくなり23gまで体重が減り、病院へ1週間お世話になり元気に回復。今では、気高い女王様の風格を持ち、海をけらいにしている・・・ちょっと気難しい女の子。
食べることだけは忘れない、我が家の給食のおばちゃん。子供たちをこよなく愛す、我が家のママさん。海に、ママちゃん、ママちゃんと・・・ちゅーをおねだりされるとめちゃめちゃ喜んで海を溺愛する。ただし、恋ちゃんは懐いてない。w誰にでも優しく、世話好きなおばちゃん。
でも・・・風ちゃんを家出の原因を作った張本人。










