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2012-01-17 (Tue)
実は・・・昨年から、今年にかけて・・・我が家でも一大事が起こっていました。

30日に兄が外で倒れて、救急車で運ばれました。
元々持病があるので、色々な薬を服用していることもあり、
その薬の副作用のせいでもあるようですが、
病院から「命にかかわる病気なので、施術してもよですか?」と、
電話が来たときは本当にびっくりました。><

買いものに行っていた母に連絡をとって、二人で早々病院にいってみると・・・
処置中で会えず、しばらくしてから担当されたお医者さんから説明を受けました。

兄はどうやら「くるしい」と言って、乗っていた自転車から降りて
その場で倒れたようでした。
病気は肺塞栓症?エコノミークラス症候群と言われるものでした。
以前サッカーの選手がなって話題になった病気で、足にあった血の塊が肺に飛んで、
肺の血流を止めてしまう病気でした。

その時は、かなり状況が悪く・・・先生からは「重症」である旨を説明され、
万が一も十分ありえると言われました。
ただ、血圧があることが幸いしているとのことで、もう少し遅れていたら
もっと大変なこと(人工心肺等)になっていたと、言われました。

先生の説明の後、本人に会ったら。。。案の定まだ苦しそうでしたが、
幸い意識ははっきりしていました。

母と私はいつまでもICUにいることもできないので、
その後私は兄のアパートに寄ってから家に帰宅しました。

その日の夜は、心配でさすがに眠れませんでした・・・。><
たった一人の兄弟ですから、もしものことがあったら・・・私は一人になるのかな?
なんて・・・そんな不安な気持ちとか、怖い気持ちとかを抱えていました。
どんな兄でも、私にとって兄は兄ですから・・・やっぱり生きていてほしいと思いました。

そして、次の日・・・お見舞いに行ったら・・・

「えーーーーー?」案外元気かも?と言う感じでした。w
朝ごはんも少し食べたようで、
マスクも外れて呼吸器は鼻に管を通してあるだけになっていました。
そのうち、「ストローがほしい。お茶がほしい・・・」って、
わがまま言い放題になっていました。

次の日(元旦)には、朝お雑煮を食べたらしいです。
お昼ごはんもちょっとおせち料理風・・・だけど、まずそうでしたw
そのうち、新聞や雑誌がほしいと言いだし、コップの量が入らないから
もっと大きなコップがほしいとか・・・まぁ、わがままわがままww

そんな感じで日々元気になっていったので、安心しました。

そして、ようやく先週日曜日に退院しました。^^

今回ばかりは、本人もショックだったのでしょう・・・
年越しをICUで過ごし、元旦のお雑煮もICUだったのですから・・・当然ですね。
たばこをやめる決意をしたようです。w


退院した後、兄のアパートの近くの中華料理屋で母と二人ごちそうしてもらいました。

私は家族で食事に行った思い出がひとつしかありません。
父は家族で外食に行く人ではなく、家ご飯が好きな人だったからです。
なので、お昼もいつも母の作るお弁当を持って行っていました。

家族で外食したことと言えば・・・まだ私が小学生のころ父が当時勤めていた会社の社長が入院して、
一緒にお見舞いに連れていかされその帰りに父にお寿司をごちそうになった、それ一回だけです。
兄は高校になってからは、部活や友達との付き合いで家族と出かけることは一切ありませんでした。
だから、家族で食事とか・・・家族で旅行とか・・・そういうご家族を
いつもとってもとっても、羨ましく思っていました。

一緒に食事に行ったり、旅行に行ける家族がいることって・・・
当たり前のことのようですが、そういう当たり前のことが父が生きている頃できなかった私には、
夢のような幸せな家族だと思ってしまいます。
そういう家族との大切な時間が持てる幸せを、
ずっと・・・そして、いつも・・・忘れないで下さいねっ。^^

こんな家族でしたので、兄とも一緒に外食したことが大人になってからは一度もなかったので、
今回家族で外食の時間をもてたことを、私はとっても嬉しかったのです。^^
もちろん母も、こんなふうに家族で食事ができる日が来たことをとても喜んでいました。

病気になってわかること、失ってわかることって・・・たくさんあるんですよね。
そう言うことを忘れないで、日々を生きていきたいなっ・・・って思います。



兄が倒れた時、すぐに救急車を呼んでくれた人。
そして、救急車の方々。
すぐに病気を見つけてくれで処置してくれた病院の先生。


兄の命はたくさんの人たちの支えによって助かりました。
本当に本当に、感謝です・・・。

兄に「中国だったら死んでたかもねw」などと、ジョーダンを言ってましが、
改めて、人は一人で生きているわけではないのだと思い知らせれました。

兄もきっと今まで以上に自分のことを大切にしてくれそうなので、
とりあえず、よかったな・・・と思っています。


人は支え愛で生きているんですよね。
兄が病気して、そして・・・昨年の大震災でたくさんの命が消えて・・・
こんな今だからこそ、余計・・・この「支え愛」を大切にしていきたい想いです。


私が倒れそうになったら、誰か私を支えて下さいね(笑)
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